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送球写真道

ハンドボールに道あり。ならばハンドボール撮影にも道があってもよいのでは。

私が初めてハンドボールを見たのは2001年1月4日、四日市ドームカップでの長男(豊中13中学ハンドボール部)でした。

ある日、長男の応援をしていたときのこと。

「なに、このビデオ、どこ撮ってるの。床とアンタの声しか入ってない。ビデオも満足に撮れないのなら写真でも撮ってなさい」

そんな家内の一言がきっかけで、1台の小さなデジカメを手にしました。携帯カメラにも満たないわずか35万画素。でも私には初めてのカメラでした。

ところが暗い体育館ではいくら撮ってもピンボケばかり。どうすれば空中で止められるのか、試行錯誤の連続でした。

わが師と仰ぐ Lucy. Nicholson (全米で5本の指に入るプロスポーツ写真家) からは 「黙って100万カットを撮れ」 という課題が。

以来、明けても暮れてもひたすらハンドボールシーンを追い求めました。練習、全中、JOC、各地方の高校選手権ブロック大会初戦〜中央大会決勝、全国遠征、U−16海外遠征の密着取材、選抜、インターハイ、国体、全日本選手強化合宿、JHL公式戦、全日本総合選手権、東アジアクラブ選手権、JAPANカップなど、すべてボランティアで全国を駆け回りました。師匠から 「ようやくわかってきたようね」 という一言をいただくのに3年、課題到達には6年を要しました。そんな果てしなき遠い道のりです。




ファーストショット
2001年6月 住吉第一中学校グランド
ミリオンショット
2007年10月 氷見市ふれあいスポーツセンター



晴れた屋外ならともかく、暗い体育館でフラッシュを使わずに撮るのは易しいことではありません。まして不規則な運動を繰り返しながら高速に動き回るハンドボーラーにピントを合わし続けるのは至難の技です。

写真はまさに一瞬の勝負。いまだと思っても指が反応するまでには時間がかかります。また実際にシャッターが切れるまでの時間。この0.2秒の誤差のぶん先を読む必要があると開眼するのに6年かかりました。つまり、シャッターチャンスを見てしまったときにはもう手遅れです。

しかし、私は、その一瞬のドラマを切り撮るプロセスになんともいえない魅力を感じます。それが選手にとってかけがいのない一瞬であればなおのこと。

長男を通して知りえた世界最高のスポーツ、ハンドボール。

でも長男は、昨年9月11日、21歳という若さで他界しました。

私には夢があります。

若きハンドボーラーが全国全世界をめざすのなら、私は私で、世界でNo.1のハンドボール・フォトグラファーをめざしたいと思います。そしてサッカー、野球、バレーボールといったメジャーにも負けない写真が撮れるようになったとき 「ハンドボール写真集」 を出版し、息子に捧げたいと思います。



印象に残っているハンドボールの試合
2008年度ちびっこハンドボールフェスティバル男子準決勝 (安居 vs 上庄)
2008年度全国小学生大会 (平針南 vs 東久留米)
2008年度インターハイ大阪予選準決勝 (好文女子学園 vs 宣真高校)
2007年度インターハイ大阪予選女子決勝 (宣真高校 vs 四天王寺高校)
2006年度インターハイ準決勝 (高岡向陵 vs 桜花学園)

2006年度インターハイ大阪予選決勝リーグ第2戦 (此花学院 vs 大体大浪商)
2005年度全国選抜大会第1戦 (此花学院 vs 伊奈)
2004年度全日本総合決勝 (湧永製薬 vs 大崎電気)


趣味: アウトドア全般/旅行/NHKラジオ/読書
スポーツ: 野球、ラグビー、柔道
ハンドボール経験: 2007年11月、豊中15中学顧問吉田師範に入門
ハンドボール遠投: 約40m (2007.12.1)
跳躍: 70cm (2007.6.16 〜神戸国際大学で測定)
不得意: 携帯操作
ボディー: Canon EOS 50D (2008.10.1〜)
レンズ:  EF135mm F2L、EF200mm F1.8L、EF300mm F2.8Lなど



上庄ハンドボールクラブ(第19回全小選手権全国制覇)の竹内監督と


撮影依頼は こちら まで